加瀬和城のHP&BLOG

イッテQで少し知られた加瀬です。1995年にコスタリカへ初訪問、2020年3月に日本へ戻りました。海外在住観光業と海外撮影コーディネートで、中南米を中心に60ヵ国訪問、2020年9月から約1年かけて日本47都道府県訪問の旅をしました。「kasekazuking」というアカウントでインスタもやってます

触れないことも優しさ

10/2、プライベートでイモトさんと会ってきました。ここ最近はチョクチョク会っており、でも彼女は有名な芸能人なので、私は内緒にしていたのだが、彼女がTBSのラジオ番組「イモトアヤコのすっぴんしゃん」で話してしまったので、もう秘密にしなくても良いかなと。

 

彼女がラジオで話した内容は

www.tbsradio.jp

こちらをご覧ください。

さて、ここからは私事なのですが、10年くらい前に私にとって大切な人が自殺をしているのです。そういう大切な人が自殺で居なくなった時、色々な感情が入り混じります。

 

悲しいのは勿論ですが、私は悲しさの次に大きかった感情は怒りでした、そして、それは10年以上も過ぎた今でも継続しています、いまでも腹が立ちます。

 

自殺した人に対して怒り?って思う人もいらっしゃるかもしれませんが、怒りなんです。

そして後悔の感情もあります、何か出来なかったのか?どうして気が付かなかったのか?もっとマメに連絡をしていれば防げたんじゃないか?とか色々と後悔の念にかられます。

 

そしてまた悲しみの感情が出てきて、怒りの感情も出てきて、色々な感情が繰り返し現れ、あるいは同時に現れます。

最近、やっとですが、楽しかった事を思いだせるようになりました。その人と一緒に歩いた場所へ行く気になりました。四国にある神社なのですが、昔、2人で一番上まで苦労して登った神社で、神社には鬼のお面みたいな彫り物があったのを覚えています。2人でそれをみて、怖いねーと話した記憶があります。

 

これを書いている時も、懐かしい気持ちと、そして悲しい気持ちの2つが現れ、涙が出ます。全ての人が、大切な人を自殺で失った時の感情が、私と同じとは言わないけど、とにかく苦しくて、10年たっても薄れることは無いんですよ。

 

でも、こうやって人に、この話を伝えられるようにはなりました。10年を必要としましたけど。

でね、当時の事ですが、色々と心配して頂くのはありがたいのですが、正直にいうと当時は触れないで欲しかったのです、そのテーマについて話すのは、親族とか、本当に親しい一部の友人たちだけにして欲しかったのです。

 

同情されても、それは救いにならないし、とにかく触れずにいて欲しかったのですよ。

よく、親の気持ちは親にならないと分からないって言いますよね。私も同様に、親に感謝などせず、1人で生まれて育ったような偉そうなクソガキでしたが、自分の子供が生まれ、子育てをするようになってから、親へのありがたみを感じるようになりました。

 

大切な人が自殺した時に、分かったように同情してきた人がいると、思ってはいけないのですが、「あんたに何が分かる?」って気持ちがありました、

「大丈夫?」

って聞かれても、大丈夫なわけが無いんですよ。

「ちゃんと食べてる?」

って聞かれても、腹は減るから食べるけど、美味しく食べられないんですよ。

「ちゃんと寝てる?」

って聞かれても、色々な感情が巡って、なかなか寝られないんですよ。

でも、そういう声を掛けられると

「大丈夫です、ご心配かけてすみません。」とか「心配してくれてありがとう。」とかお礼を言ったりするんですが、それが面倒くさかったのです。

 

自分から話せるようになるまでは、ほおっておくというか、見守るというか、そういうのが大切なのでは?と私は思います。

以上、取り留めもないというか、明るい文章でも無く、すみませんでした。

加瀬